コラプション・ファイターのための新刊書案内
「「会計戦略」の発想法」
「日本型ガバナンスのスタンダードを探る」
木村剛著 日本実業出版社刊 2003年7月
不祥事や破綻が日常茶飯となり、「社員は悪くありません」と号泣したり、「君、それは本当か!」と絶句するドラマチックな場面も時に見られるが、記者会見の多くは経営者のあっけらかんとした謝罪報告と一礼で終了する。
対内的には終身雇用・年功序列・御用組合、対外的にはメインバンクを筆頭とする安定株主に守られてきた筈の経営者は、先輩の残した負の遺産の後始末をしたのであり、経営責任は自分にはないと言いたいのであろう。
本書は、そのような経営者たちに自らの身を守るすべを教えようとする実務の書である。その意味で、本書は今わが国で最も欠けている行政における統治論―ガバナンスーの本ではない。又、企業統治論―コーポレートガバナンスの本とも言いがたい。なぜならコーポレートガバナンスとは、企業の受託者たる経営者を如何に監視するかが出発点だからである。
本書は、受難の時代の経営者に身を守るすべとして2つの手段を教授している。一つは、「説明責任(accountability)」と語源を同じくする「会計(Accounting)」であり、もうひとつは、「内部統制」の仕組みである。
著者は、株式会社の暴走を制御すべき筈の「会計」が恣意的に操作されてきたことを、昨今の企業不祥事の例を豊富に挙げて解き明かす。更に歴史を遡って、近代資本主義がもともとは例外的存在であった株主有限責任の「株式会社」を生み出し、その必要条件として近代「会計」を発達させた経緯を説き起こし、企業経営のガバナンスを確立し、日本企業の再生を図るには、「会計操作」ではなく「会計戦略」によるべきであると力説する。
次に経営者を守るものとして「内部統制」の仕組みを詳細に展開する。唯、「会計戦略」が直ちに「内部統制」を導くことにはならない。
確かに、経営のガバナンスをチェックするための「会計」の重要性は多言を要しないが、会計は経営の結果としての成績表であり、「内部統制」や「内部監査」は、著者自身も述べているように人間の要素が重要な上、組織構築のあり方やリスク管理との整合性が必要だからである。
したがって、本書は、「人事戦略」や「リスク戦略」、「組織戦略」としても同じように「発想」することが出来る。
又、著者は会計の歴史に触れてその重要性を指摘するが、会計の未来には詳しく触れていない。ポスト産業資本の時代には、著者も触れているように「知的資産」やブランドが、コストの繰り延べに過ぎない有形資産よりはるかに重要になっているが、その会計認識や評価は簡単ではない。「会計」はひとつの評価基準でしかなくなりつつあり、かつ恣意性を排除するのがますます困難になっているのである。
著者は末尾で、「会計の手品」を引き続き利用して問題の先送りを可能にする日本的会計を手厳しく批判しているが、実際には欧米流の会計も危機に直面しているのである。
加えて、コーポレートガバナンスには「会計戦略」や内部統制システム以上の問題がある。会社は誰のものかについては、百の議論があるが、経営者にその受託責任を果たさせるためには、「会計」や「内部統制」だけでは十分ではない。
例えば、最近の例でもダスキンの元経営者のような独裁的経営者はなすがままであったし、内部告発が行われた某マスコミ企業でもその会長は説明責任を放棄したまま、退任した。
また、企業ではないが、昨今話題が集中している某公団では監察委員会なる機関が二重帳簿の存在の有無を調査したが、独裁的総裁の元ではまったく機能しなかったことを市民の前でさらけ出した。「会計」や「内部統制」は不良経営者の助けにはなっても、必ずしもその阻止には役立たないのである。
著者は真摯で、相当の勉強家と思われるので、次は是非ステークホルダーのための日本型ガバナンス論を展開していただきたい。
(K.Y)
2003.8.8