政党崩壊 永田町の失われた十年
 / 伊藤惇夫/著 
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「政党崩壊」

「―― 永田町の失われた十年」

伊藤惇夫著 新潮新書 023 20037

 

 国会も終わり、自民党総裁選が近づくにつれ、政界は一気に生臭くなってきたこの頃である。

秘書給与疑惑で辻元前代議士が逮捕され、田中真紀子前外相は逮捕を見送られる中、民主党と自由党は曲折の末に、突如合併に到った。

政治が劇場化する時代に、普段はパフォーマンスが不得意で、存在感が乏しかったセンセイ達でさえ俄かに活性化してきている。落選の恐怖感からと著者は言うかもしれないが、むしろ生きがいの場が出てきたのだろう。

 

本書は、わずかのタイミングで「民」「由」の合併劇に触れることは出来なかったが、離合集散を繰り返した「永田町の失われた10年」を記述したものである。

著者は、自民党から始まり、新進党から民主党まで5つの政党の事務局に勤務し、うち3つの政党では結党作業にも関わったという経歴を持つ。永田町の裏方として30年に及ぶその聴き語りには説得力がある。

 

以下はその著者による永田町考現学入門である:

88年に起こった「リクルート事件」が政治改革の始まりであったが、その後に続く政党の合従連衡と誕生、消滅を繰り返した20を超える政党も自民党という「恒星」の周りを回る「惑星」に過ぎなかったのではないか?

・「政党とは何か」という本質論がないまま、選挙制度、政治資金規正、政党助成金といった制度だけが変更されていく。

・その結果として、年間予算の90%以上を税金に頼る「国営政党」となった民主党のような存在が出現している。

・自民党の分裂が引き金となって、55年体制が終焉し、政党は流動化していく中で、政権に固執する自民党はぜいたくな「偏食動物」から、「雑食動物」に変化した。

・政党内での意見が分かれる「ねじれ」と、政党の主張があいまいな「ファジー」化が進んでいる。

・国民の政党不信が地方の『脱政党』化を招いており、国政の変革が不可避であることを予感させる。

 

経済・社会システムが崩壊に向かおうとしているこの国は、いよいよ政治の変革を回避できない時期に来ている。

政界の舞台裏を知り尽くした人物であれば、墓場まで持っていく話も数多くあるだろうが、生臭い話もこの続編として是非聞きたいものである。

 

                   (K.Y)

   2003.8.10

 

 

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最終更新日 : 2003/09/03